「うちの職場では、ここ数年大きな事故は起きていない。」
そう聞くと、安全な職場のように感じます。
労働災害ゼロ。
休業災害ゼロ。
重大事故ゼロ。
確かに、事故が発生していないことは良いことです。
しかし、
「事故が起きていない」ことと、「安全である」ことは同じではありません。
機械の安全カバーを外したまま作業している。
通路に物が置かれている。
保護具を着けずに作業している。
危険な設備を「慣れているから」という理由で操作している。
化学物質の表示がなくても、作業者が中身を知っているから問題ないとしている。
異常があっても、「いつものことだから」と設備を使い続けている。
それでも、たまたま事故が起きていなければ、結果としては「災害ゼロ」です。
では、その職場を本当に安全と言えるでしょうか。
安全管理で重要なのは、事故件数だけを見ることではありません。
事故につながる危険がどれだけ存在し、それがどのように管理されているかを見ることです。
安全とは「何も起きていない状態」ではありません。
危険を見つけ、評価し、必要な対策を行い、事故へ進む可能性を継続的に小さくしている状態です。
安全シリーズの最初となる今回は、そもそも「安全とは何か」を現場目線で考えてみます。
事故ゼロでも危険な職場は存在する
例えば、工場の床に電源コードが伸びているとします。
作業者は毎日、そのコードをまたいで歩いています。
半年間、誰も転倒しませんでした。
この場合、
「半年間事故がなかったから安全」
でしょうか。
違います。
コードにつまずいて転倒する危険性は、半年間ずっと存在していました。
事故が起きなかったのは、
たまたま誰も足を引っ掛けなかった。
作業者が注意して避けていた。
歩行量が少なかった。
などの理由かもしれません。
危険そのものがなくなったわけではありません。
つまり、
事故が起きなかったことは、危険がなかったことを証明しません。
ここを理解することが、安全管理の第一歩です。
「結果」だけで安全を判断してはいけない
安全管理では、結果を見ることも重要です。
労働災害件数。
休業災害件数。
事故件数。
ヒヤリハット件数。
これらは重要な安全指標です。
しかし、事故件数だけを見ると大きな問題があります。
事故は、発生頻度が低いからです。
非常に危険な状態が存在していても、事故が起こるまで数字には表れない場合があります。
例えば、回転機械のカバーが壊れていたとします。
一週間事故が起きなかった。
一か月事故が起きなかった。
一年事故が起きなかった。
それでも、巻き込まれる危険性は存在しています。
事故件数だけで判断すると、
「今まで事故がなかったから大丈夫」
という結論になりかねません。
安全管理では、結果だけではなく、事故が発生する前の状態を見る必要があります。
「今まで大丈夫だった」が一番危ない
製造現場で、非常によく聞く言葉があります。
「昔からこの方法でやっている。」
「今まで事故はなかった。」
「みんなこうやっている。」
「このくらいなら大丈夫。」
この言葉には注意が必要です。
過去に事故がなかったことは、将来も事故が起きないことを保証しません。
むしろ、長期間問題が起きていないことで、危険への感覚が鈍くなることがあります。
本来であれば危険な作業でも、
毎日やっている。
事故が起きていない。
周囲も同じ方法で作業している。
という状態が続くと、その行為が普通になってしまいます。
危険な状態が「日常」に変わるのです。
これが、安全管理で非常に怖いところです。
人は危険にも慣れてしまう
人間には「慣れ」があります。
最初は怖かった作業でも、何度も経験すると怖さが減っていきます。
初めて高所作業をする人は慎重になります。
しかし、毎日同じ場所で作業している人は、
「このくらいなら大丈夫。」
と思うようになるかもしれません。
初めて機械を操作するときには、手順書を確認します。
しかし、何百回も作業すると、
「分かっているから。」
と確認を省略することがあります。
慣れること自体は悪いことではありません。
技能が向上し、効率も高くなります。
問題は、
危険にまで慣れてしまうこと
です。
危険な状態が長期間続いている職場ほど、その危険を異常だと感じなくなる可能性があります。
安全とは「危険がゼロ」の状態ではない
では、安全とは、すべての危険を完全になくした状態でしょうか。
現実には、それも難しいことです。
機械を動かせば、挟まれや巻き込まれの危険があります。
電気を使用すれば、感電の危険があります。
化学物質を使用すれば、ばく露や火災の危険があります。
重量物を扱えば、落下や腰痛の危険があります。
車両を使用すれば、衝突の危険があります。
製造活動には、さまざまな危険が伴います。
そのため、安全管理では、
「危険が存在するか、存在しないか」
という二択では考えません。
重要なのは、
存在する危険を許容できる水準まで低減し、管理すること
です。
ここで「リスク」という考え方が必要になります。
ハザードとリスクを区別する
安全管理では、「ハザード」と「リスク」という言葉が使われます。
簡単に考えると、
ハザード=危険の源
です。
例えば、
回転している刃物。
高温の配管。
高電圧設備。
有害な化学物質。
高所。
重量物。
これらは、人へ危害を与える可能性を持っています。
一方、リスクとは、
その危険によって、どの程度の災害が、どの程度の可能性で起こるか
という考え方です。
同じ刃物でも、
完全にカバーされ、インターロックが付いている設備と、
手を簡単に入れられる設備では、
リスクは大きく違います。
安全管理では、危険源を見つけ、そのリスクを評価し、必要な対策を行います。
これがリスクアセスメントの基本的な考え方です。
危険を見つけることが安全管理のスタート
安全な職場を作るには、まず危険を見つけなければなりません。
機械に挟まれる可能性はないか。
高温部へ触れる可能性はないか。
薬品が飛散する可能性はないか。
荷物が落下する可能性はないか。
人とフォークリフトが接触する可能性はないか。
床で滑る可能性はないか。
電線が損傷していないか。
重要なのは、
「事故が起きた場所」
だけを見ることではありません。
まだ事故が起きていない場所にも危険は存在します。
安全管理は、事故が起きてから始めるものではありません。
事故になる前に危険を発見することが本来の目的です。
ヒヤリハットには事故になる前の情報がある
事故にならなかった小さな出来事も重要です。
足を滑らせたが転ばなかった。
荷物が落ちたが人には当たらなかった。
薬品が少量飛散したが、保護具によって負傷しなかった。
フォークリフトと歩行者が接近したが、直前で停止した。
結果としてケガ人はいません。
しかし、
「何も起きなかった」
として終わらせてよいでしょうか。
そこには、事故につながる条件が存在しています。
次回も同じように止まれるとは限りません。
ヒヤリハットは、
事故にならなかった成功談ではなく、事故になる可能性が存在していたという情報
として見ることが重要です。
安全活動は「事故の後」より「事故の前」
事故が発生すると、多くの会社が一気に動きます。
緊急会議を開く。
原因を調査する。
対策を考える。
手順書を変更する。
安全教育を行う。
設備を改善する。
もちろん必要な活動です。
しかし、本来の安全管理は、その前に行うべきものです。
事故が発生する前に、
危険源を見つける。
リスクを評価する。
設備を改善する。
作業方法を見直す。
異常を報告する。
ヒヤリハットから学ぶ。
この活動ができれば、事故そのものを防げる可能性が高くなります。
事故発生後の対策よりも、事故発生前の予防が安全管理では重要です。
「注意してください」は安全対策として弱い
危険な状態が見つかったとき、
「注意して作業してください。」
という対策が取られることがあります。
もちろん注意は必要です。
しかし、人の注意力には限界があります。
疲れていることがあります。
急いでいることがあります。
別のことに気を取られることがあります。
勘違いすることがあります。
そのため、
「人が注意すれば安全」
という仕組みは弱い安全対策です。
例えば、回転部に触れる危険があるのであれば、
「触らないように注意する」
よりも、
カバーを取り付ける。
インターロックを設ける。
物理的に手を入れられなくする。
といった対策の方が確実です。
安全は、人の注意力だけに依存させないことが重要です。
安全対策には強さがある
安全対策は、すべて同じ強さではありません。
一般的には、
危険そのものをなくす。
↓
危険性の低いものへ変更する。
↓
設備や構造によって人を守る。
↓
ルールや教育によって管理する。
↓
保護具で人を守る。
という順番で考えます。
例えば、有害な薬品を使用している場合、
「保護手袋を着ける」
だけを最初に考えるのではありません。
その薬品を使わなくて済まないか。
より危険性の低い薬品へ変更できないか。
密閉設備にできないか。
局所排気を設置できないか。
を先に検討します。
保護具は重要ですが、危険そのものが残っている以上、最後の防御手段です。
強い安全対策とは、
人が失敗しても事故になりにくい仕組み
です。
安全装置は「人を信用していない」わけではない
安全カバー。
インターロック。
非常停止装置。
ライトカーテン。
センサー。
これらは、人間を信用していないから付いているのでしょうか。
違います。
人は誰でも間違える可能性があるためです。
優秀な人でも、ベテランでも、管理者でもミスをする可能性があります。
だからこそ、
手を入れたら設備が止まる。
扉を開けたら動かない。
異常な条件では運転できない。
という仕組みを作ります。
安全装置は、人を疑う設備ではありません。
人を守るために、人の能力を補う設備なのです。
「不安全行動」だけを見てはいけない
事故調査では、
「作業者が手順を守らなかった。」
「確認しなかった。」
「保護具を着けていなかった。」
という原因が挙げられることがあります。
もちろん、行動そのものを確認することは必要です。
しかし、そこで原因分析を終えると、本当の改善につながらないことがあります。
なぜ手順を守らなかったのか。
手順が実際の作業と合っていなかったのか。
作業時間が不足していたのか。
設備が使いにくかったのか。
周囲も同じ方法で作業していたのか。
管理者が黙認していたのか。
行動の背景を調べる必要があります。
事故は、一人の行動だけで起きるとは限りません。
設備、環境、作業方法、教育、組織風土など、複数の要因が重なって発生します。
安全な職場では「おかしい」と言える
どれだけ優れた設備や手順があっても、現場の異常を報告できなければ危険です。
「設備の音がいつもと違う。」
「この作業方法は危ない気がする。」
「手順書どおりでは作業しにくい。」
「最近、ヒヤリとすることが増えた。」
このような声が現場から出ることは、とても重要です。
ところが、
「余計なことを言うな。」
「今まで問題なかった。」
「作業を止めるな。」
という反応をされる職場では、危険情報が表面に出なくなります。
安全な職場とは、事故が起きない職場だけではありません。
危険や異常を安心して報告できる職場でもあります。
「作業を止められる」ことも安全の強さ
異常を感じたとき、作業者が設備を止められるでしょうか。
「生産が遅れる。」
「怒られるかもしれない。」
「自分だけ止めるのは気まずい。」
こうした理由で、異常を感じながら作業を続けてしまうことがあります。
これは危険な状態です。
安全を優先するのであれば、
分からなければ止める。
異常があれば止める。
危険だと感じたら止める。
という判断を組織として認める必要があります。
設備を止めた人を責めるのではなく、
「なぜ止めたのか」
を確認する。
この文化が、重大事故の防止につながります。
ルールが多ければ安全とは限らない
事故が起きるたびにルールを追加する職場があります。
事故発生。
↓
注意事項追加。
↓
別の事故発生。
↓
さらに注意事項追加。
この繰り返しによって、手順書がどんどん厚くなります。
しかし、ルールが増えれば自動的に安全になるわけではありません。
重要なのは、
本当に必要なルールか。
現場で守れる内容か。
なぜ必要なのか理解されているか。
設備側で解決できないか。
という視点です。
人の記憶力には限界があります。
安全をすべてルールに置き換えるのではなく、設備・仕組み・環境によって危険を減らすことも重要です。
安全は現場だけの責任ではない
「現場の人が安全に気をつける。」
これは一見正しいように聞こえます。
しかし、安全は作業者だけの責任ではありません。
設備を設計する人。
材料を選ぶ人。
作業方法を決める人。
生産計画を立てる人。
教育を行う人。
管理する人。
経営判断をする人。
すべてが安全へ影響します。
無理な生産計画を立てれば、現場は急ぎます。
使いにくい設備を導入すれば、作業者は独自の方法を考えます。
必要な教育時間を確保しなければ、知識不足のまま作業することになります。
安全は現場だけで作るものではありません。
組織全体で作るものです。
安全管理では「先行指標」も見る
事故件数は重要ですが、事故が起きた後に分かる数字です。
これを結果指標、あるいは遅行指標として見ることができます。
一方で、安全活動には事故が起きる前に確認できるものがあります。
リスクアセスメントの実施状況。
安全パトロールの改善完了率。
設備点検の実施率。
教育の受講状況。
ヒヤリハットへの対応状況。
危険箇所の改善件数。
安全装置の点検状況。
こうした指標を見ることで、
「現在、事故はない」
だけでなく、
事故を防ぐための活動が機能しているか
を確認できます。
安全パトロールは「粗探し」ではない
安全パトロールというと、
「違反を見つける活動」
と思われることがあります。
しかし、本来の目的は違います。
危険な状態を見つける。
作業者が困っていることを知る。
手順と現場の違いを確認する。
良い改善を見つける。
事故につながる兆候を発見する。
こうした活動です。
「誰が悪いか」を探すのではなく、
「どこに事故につながる条件があるか」を探す
ことが重要です。
安全パトロールで指摘件数を競うようになると、本来の目的を見失う可能性があります。
安全文化はポスターではつくれない
「安全第一」
「ゼロ災で行こう」
「ルールを守ろう」
工場にはさまざまな安全標語があります。
標語そのものは悪いものではありません。
しかし、標語を掲示しただけで安全文化が生まれるわけではありません。
本当に安全を優先する職場では、
危険な作業を止める。
必要な改善へ費用を使う。
異常報告を歓迎する。
失敗から学ぶ。
管理者自身がルールを守る。
という行動があります。
「安全第一」と書いてあるのに、生産が遅れると危険な作業を続けさせる。
これでは、安全第一は単なる言葉になってしまいます。
安全文化は、掲示物ではなく、日々の判断と行動によって作られるものです。
管理者が見るべきこと
管理者は、「今月も事故ゼロだった」という結果だけで安全を評価してはいけません。
確認すべきことは、
- 現場に見過ごされている危険源がないか
- 「今まで大丈夫だった」で危険を放置していないか
- ヒヤリハットや異常が報告されているか
- リスクアセスメントが形式的になっていないか
- 注意力だけに頼る安全対策になっていないか
- 設備的な安全対策を優先して検討しているか
- 安全装置が正常に機能しているか
- 安全装置の解除や無効化が行われていないか
- 作業手順と実際の作業が一致しているか
- 作業者が危険を感じたときに作業を止められるか
- 安全上の問題を安心して報告できるか
- 管理者自身が安全ルールを守っているか
- 改善した危険が再び発生していないか
- 事故件数だけでなく、予防活動も確認しているか
です。
管理者の仕事は、
「事故を起こすな」
と言うことだけではありません。
事故が起こりにくい環境と仕組みをつくることです。
まとめ
事故が起きていないことは、良いことです。
しかし、
事故が起きていない=安全
ではありません。
危険な設備。
危険な作業方法。
守られていないルール。
見過ごされた異常。
報告されないヒヤリハット。
これらが存在していても、たまたま事故が起きなければ、数字上は「事故ゼロ」です。
本当の安全とは、運よく事故が起きていない状態ではありません。
危険を見つける。
リスクを評価する。
危険そのものを減らす。
設備や仕組みで人を守る。
異常を早く見つける。
失敗から学ぶ。
改善した状態を維持する。
この活動が継続して行われている状態です。
そして、安全管理で最も避けなければならない考え方の一つが、
「今まで事故がなかったから大丈夫」
です。
過去に何も起きなかったことは、未来の安全を保証しません。
むしろ、安全管理では、
「事故が起きていない今だからこそ、何を改善できるか」
を考える必要があります。
事故が発生してから動く職場ではなく、事故が発生する前に危険へ気づける職場をつくる。
人に「気をつけろ」と求めるだけではなく、人が間違えても事故につながりにくい仕組みをつくる。
そして、
事故ゼロという結果だけではなく、事故を防ぐ仕組みが機能しているかを見る。
それが、本当の意味で「安全な職場」をつくる第一歩なのです。

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