教えることより、大切なこと

私は昔、「教える人」でした。

仕事でも日常でも、「こうすればいい」「これは間違っている」と、自分の考えを伝えることが正しいことだと思っていました。

今思えば、相手のためを思っての行動でした。しかし、それは時として、自分の価値観を相手に押し付けていたのかもしれません。

そんな私も、年齢を重ね、多くの人と出会い、多くの経験を積む中で、考え方が少しずつ変わってきました。

今回は、私が今大切にしている「教育」と「生き方」について書いてみたいと思います。

読書感想文から考えたこと

ある日、私はこんなことを考えました。

「読書感想文は、本来、他人に見せるものなのだろうか。」

私は、読書感想文とは、自分が本を読んで何を感じ、何を考えたのかを書き留めるものだと思っています。

もちろん、公表することによって得られるものはあります。

新しい視点を知ることができたり、自分では気付かなかった考え方を学べたりします。

しかし、その一方で、自分の感情や考え方が評価され、批判されることもあります。

私は、自分の感情そのものを他人に評価される必要はないと思っています。

だからといって、公開することを否定したいわけではありません。

公開したい人は公開すればいい。

評価を受けたい人は評価を受ければいい。

ただ、それを望まない人まで公開を強制する必要はないと思うのです。

感情を表現することは大切です。

しかし、それは本人が選ぶことであり、強制されるものではありません。

教えることより、考えること

私は仕事で「先生」と呼ばれることがあります。

しかし、自分では先生だと思ったことはありません。

私の感覚は、どちらかというとコーチです。

私は答えを教えたいのではなく、一緒に考えたいのです。

もちろん、小さな子どもや、初めて技術を学ぶ人にはティーチングが必要です。

基本的な知識やルールを知らなければ、安全に行動することはできません。

しかし、それ以外では、私はコーチングの方が大切だと思っています。

なぜなら、本当に大切なのは知識ではなく、

「知りたい」と思う気持ちだからです。

どれだけ正しい知識を教えても、自分から学ぼうとしなければ、その知識は長く残りません。

反対に、自ら学ぶ姿勢があれば、知識はいつでも身に付けることができます。

だから私は、

知識を与えることよりも、

知識を求める人を育てたいと思っています。

自分の身は自分で守る

昔、ある人に言われました。

「自分の身は自分で守るしかない。」

若い頃は、この言葉が冷たく感じました。

しかし今では、この言葉の意味がよく分かります。

これは、「誰も助けてくれない」という意味ではありません。

そうではなく、

最後に判断するのは自分だということです。

健康もそうです。

安全もそうです。

人生もそうです。

誰かが代わりに判断してくれるわけではありません。

「病院へ行こう。」

「危険だから止めよう。」

「助けてもらおう。」

そう決めるのは、自分です。

だから私は、自分の身を守るとは、

自分で判断する力を持つことだと思っています。

助けを求めることも自立

私は、

「人は一人では生きていけない」

ということにも心から同意しています。

人は必ず誰かに支えられて生きています。

家族。

友人。

職場の仲間。

地域の人たち。

多くの人とのつながりの中で生きています。

だから、自立とは、

何でも一人でやることではありません。

困ったときに、

「助けてください。」

と言えることも、自立だと思います。

しかし、その助けを求めるかどうかを判断するのは、自分です。

誰かが代わりに人生を歩いてくれるわけではありません。

だからこそ、自分で考え、自分で判断し、自分で責任を持つことが大切なのです。

子育ても同じだと思う

私は子育てについても同じ考えを持っています。

親は、子どもを一生守ることはできません。

必ずとは言いませんが、多くの場合、親の方が先に人生を終えます。

だから親が本当に子どもに残すべきものは、

お金でも、

知識でもなく、

自分で生きていく力なのではないでしょうか。

困ったときに考える力。

必要な知識を探す力。

人に助けを求める力。

そして、自分で判断する力。

それらを育てることが、親の大切な役割だと思っています。

良い人も、悪い人も先生だった

今の私がこのような考えになったのは、

今まで関わってきた全ての人のおかげです。

良い人もいました。

尊敬できる人もいました。

一方で、

「自分はこうなりたくない。」

と思わせてくれた人もいました。

でも、そのどちらも今の私を作っています。

良い経験だけが人を育てるのではありません。

苦しかった経験も、

悔しかった経験も、

自分を成長させてくれました。

だから私は、

「良くも悪くも、全ての出会いに意味があった。」

と思っています。

最後に

私は誰かに、

「これが正解です。」

と言いたいわけではありません。

むしろ、

「一緒に考えませんか。」

と言いたいのです。

人生には正解が一つではない問いがたくさんあります。

だから私は、これからも誰かに答えを押し付けるのではなく、

考え方を伝え、

一緒に考え、

その人自身が自分の答えを見つけられるような関わり方を大切にしていきたいと思います。

私自身、まだ学びの途中です。

これからも多くの人と出会い、多くの経験を重ねながら、自分自身の「生き方」について考え続けていきたいと思います。

もし、この文章が、誰かが自分自身の生き方を考える小さなきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

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